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代名詞の格変化

代名詞は名詞と同じ8格×3数の体系を用いるが、語形自体はa語幹男性名詞の格変化のような規則的なパターンから大きく外れる。これは印欧諸語一般に見られる現象で、代名詞(特に人称代名詞)は最も基本的で頻用される語彙であるがゆえに、音変化による磨耗や複数の語根の混合(サプレティズム)を経て不規則な形を保ちやすい。

格 単数 双数 複数
主格 अहम् aham आवाम् āvām वयम् vayam
対格 माम् mām आवाम् āvām अस्मान् asmān
具格 मया mayā आवाभ्याम् āvābhyām अस्माभिः asmābhiḥ
与格 मह्यम् mahyam आवाभ्याम् āvābhyām अस्मभ्यम् asmabhyam
奪格 मत् mat आवाभ्याम् āvābhyām अस्मत् asmat
属格 मम mama आवयोः āvayoḥ अस्माकम् asmākam
処格 मयि mayi आवयोः āvayoḥ अस्मासु asmāsu

1人称代名詞には人称・性による区別がなく(男性・女性・中性いずれの話し手にも同じ形を用いる)、この点は名詞と大きく異なる。

格 単数 双数 複数
主格 त्वम् tvam युवाम् yuvām यूयम् yūyam
対格 त्वाम् tvām युवाम् yuvām युष्मान् yuṣmān
具格 त्वया tvayā युवाभ्याम् yuvābhyām युष्माभिः yuṣmābhiḥ
与格 तुभ्यम् tubhyam युवाभ्याम् yuvābhyām युष्मभ्यम् yuṣmabhyam
奪格 त्वत् tvat युवाभ्याम् yuvābhyām युष्मत् yuṣmat
属格 तव tava युवयोः yuvayoḥ युष्माकम् yuṣmākam
処格 त्वयि tvayi युवयोः yuvayoḥ युष्मासु yuṣmāsu

aham と tvam の語幹はまったく異なる語根に由来し(1人称の m- 系語幹と2人称の tv-/yu- 系語幹)、これは印欧祖語の段階からすでに人称代名詞が独自の(名詞から独立した)屈折体系を持っていたことを反映している。

エンクリティック(アクセントを持たない)短縮形

Section titled “エンクリティック(アクセントを持たない)短縮形”

対格・与格・属格の単数・複数には、文中で強調されない場合に用いるエンクリティック形(不変化のアクセントのない短縮形)が別に存在する。

格・数 通常形(1人称) エンクリティック形 通常形(2人称) エンクリティック形
対格単数 mām मा mā tvām त्वा tvā
与格・属格単数 mahyam / mama मे me tubhyam / tava ते te
対格複数 asmān नः naḥ yuṣmān वः vaḥ
与格・属格複数 asmabhyam / asmākam नः naḥ yuṣmabhyam / yuṣmākam वः vaḥ

エンクリティック形は文頭には立てず、必ず前の語に音調的に依存する。

指示・三人称代名詞:tad「それ・彼・彼女」

Section titled “指示・三人称代名詞:tad「それ・彼・彼女」”

tad は名詞のように男性・女性・中性の3性すべてで変化する、サンスクリット語で唯一の完全な三人称代名詞である(サンスクリット語には固有の三人称代名詞がなく、指示代名詞 tad がその役割を兼ねる)。

格 単数 双数 複数
主格 सः saḥ तौ tau ते te
対格 तम् tam तौ tau तान् tān
具格 तेन tena ताभ्याम् tābhyām तैः taiḥ
与格 तस्मै tasmai ताभ्याम् tābhyām तेभ्यः tebhyaḥ
奪格 तस्मात् tasmāt ताभ्याम् tābhyām तेभ्यः tebhyaḥ
属格 तस्य tasya तयोः tayoḥ तेषाम् teṣām
処格 तस्मिन् tasmin तयोः tayoḥ तेषु teṣu
格 単数 双数 複数
主格 सा sā ते te ताः tāḥ
対格 ताम् tām ते te ताः tāḥ
具格 तया tayā ताभ्याम् tābhyām ताभिः tābhiḥ
与格 तस्यै tasyai ताभ्याम् tābhyām ताभ्यः tābhyaḥ
奪格 तस्याः tasyāḥ ताभ्याम् tābhyām ताभ्यः tābhyaḥ
属格 तस्याः tasyāḥ तयोः tayoḥ तासाम् tāsām
処格 तस्याम् tasyām तयोः tayoḥ तासु tāsu
格 単数 双数 複数
主格 तत् tat ते te तानि tāni
対格 तत् tat ते te तानि tāni

中性の具格以下は男性と同形(tena, tasmai, tasmāt, tasya, tasmin など)である。

  • 主格単数男性が saḥ、女性が sā と、語幹 ta- からは予想できない特殊な形になる(これは印欧祖語の指示代名詞語幹 *so-/*seh₂- に遡る古い異形態)。
  • 与格・奪格・処格単数に -smai, -smāt, -smin のような、名詞のa語幹変化には現れない特有の語尾(いわゆる「代名詞語尾」)が使われる。この代名詞語尾は、一部の形容詞(sarva-「すべての」、anya-「他の」など)にも及ぶ。
  • 男性・中性の対格複数以外、双数・複数の語尾のパターン自体はa語幹名詞とかなり共通している(-au, -ābhyām, -ayoḥ など)。
सः तत् पुस्तकं मह्यं ददाति।
saḥ tat pustakaṃ mahyaṃ dadāti.
サハ タット プスタカン マヒャン ダダーティ
彼-主格 それ-対格 本-対格 私-与格 彼は与える
「彼はその本を私に与える。」
तस्याः पुत्रः त्वां पश्यति।
tasyāḥ putraḥ tvāṃ paśyati.
タスヤーハ プトラハ トヴァーン パシュヤティ
彼女-属格 息子-主格 あなた-対格 彼は見る
「彼女の息子があなたを見る。」
ターラー

💬 学びのコラム:saḥ と sā はどこから来たの?

ターラー:チャンドラ、tad の語幹は ta- なのに、主格だけ saḥ とか sā になるのはなぜ?

チャンドラ:実はこれ、印欧祖語の段階までさかのぼる古い異形態なんだ。指示代名詞の語幹には元々 *so-(男性)、*seh₂-(女性)、*tod-(中性)という3つの異なる形があって、サンスクリット語の主格単数だけがその古い *s- の痕跡を残しているんだよ。

ターラー:面白い! ギリシア語の定冠詞 ho(男性)・hē(女性)も同じ *so-/*seh₂- から来てるって聞いたことがある。

チャンドラ:その通り。saḥ とギリシア語の ho は遠い親戚同士というわけだね。代名詞は語彙の中でも特に古い形を保ちやすいんだ。

📝 理解度チェック

Q1. 1人称代名詞 aham の対格単数のエンクリティック形はどれか。

✅ 正解です!

❌ 不正解です。正解は B「mā」。

解説:対格単数の通常形māmに対し、māはアクセントを持たないエンクリティック形である。

Q2. サンスクリット語の三人称代名詞について正しい説明はどれか。

✅ 正解です!

❌ 不正解です。正解は A「固有の三人称代名詞がなく、指示代名詞tadがその役割を兼ねる」。

解説:サンスクリット語には専用の三人称代名詞がなく、指示代名詞tad(それ・彼・彼女)が三人称代名詞の役割を兼ねる。

Q3. tadの男性主格単数形 saḥ の由来について本文が説明していることはどれか。

✅ 正解です!

❌ 不正解です。正解は A「印欧祖語の指示代名詞語幹*so-に遡る古い異形態である」。

解説:saḥ・sāは印欧祖語の指示代名詞語幹*so-(男性)・*seh₂-(女性)に遡る古い異形態で、ギリシア語の定冠詞ho・hēとも同源とされる。

Q4. tadの与格・奪格・処格単数に現れる-smai, -smāt, -sminのような語尾は何と呼ばれるか。

✅ 正解です!

❌ 不正解です。正解は A「代名詞語尾」。

解説:-smai, -smāt, -sminのような語尾は「代名詞語尾」と呼ばれ、名詞のa語幹変化には現れず、一部の形容詞(sarva-, anya-など)にも及ぶ。

Q5. 1人称代名詞ahamと2人称代名詞tvamについて正しい説明はどれか。

✅ 正解です!

❌ 不正解です。正解は A「語幹がまったく異なる語根に由来し、名詞から独立した独自の屈折体系を持つ」。

解説:ahamのm-系語幹とtvamのtv-/yu-系語幹はまったく異なる語根に由来し、印欧祖語の段階から人称代名詞が名詞とは独立した屈折体系を持っていたことを示す。