否定表現 natta と lē
2種類の否定辞
Section titled “2種類の否定辞”ヒッタイト語には、否定したい文の**法(ムード)**に応じて使い分けられる、2つの主要な否定辞がある。
- natta:平叙文(事実を述べる文)を否定する。「〜ではない」に相当する。
- lē:命令文・要求文を否定する。「〜するな」という禁止を表す。
この2つの否定辞は互いに置き換えることができず、文の法に応じて機械的に使い分けられる。
natta による平叙文の否定
Section titled “natta による平叙文の否定”natta ú-e-mi-ya-ḫu-unナッタ・ウエミヤフン〜ない 見つける-1単過「私は(それを)見つけなかった」natta はしばしばアッカドグラム UL で書かれることも多い。これは「〜ない」を意味するアッカド語の否定辞をそのまま借用表記として流用したものであり、シュメログラムとアッカドグラムで説明した借用表語文字の一例でもある。
UL-ma ú-iz-ziウルマ・ウィッツィ〜ない(アッカドグラム)-しかし 来る-3単現「しかし彼は来ない」lē による禁止表現
Section titled “lē による禁止表現”lē i-ya-šiレー・イヤシ〜するな する-2単現「(お前は)するな」lē は、命令法(あるいは命令的に用いられた現在形)とともに用いられ、話し手が聞き手に対してある行為をしないよう求める禁止の意味を表す。natta が事実の否定であるのに対し、lē は意志・要求に関わる否定であるという点で、両者は機能上はっきりと分かれている。
印欧諸語に共通する類型
Section titled “印欧諸語に共通する類型”平叙文の否定辞と禁止(命令文)の否定辞を別の語で表すという体系は、ヒッタイト語に限らず、他の古い印欧諸語にも広く見られる類型である。たとえばラテン語の non(平叙文の否定)と nē(禁止の否定)、古典ギリシア語の ou(平叙文の否定)と mē(禁止の否定)、サンスクリットの na(平叙文の否定)と mā(禁止の否定)などが、ヒッタイト語の natta / lē と機能的に対応する。このような対応関係は、印欧祖語の段階ですでに平叙・禁止の否定辞が区別されていたことを示す証拠の一つとして、比較言語学で重視されている。
💬 学びのコラム:「〜ない」と「〜するな」は別の単語
タルフンナ:ウルシェム、日本語だと「食べない」も「食べるな」も同じ「ない」の仲間だけど、ぼくたちの言葉では違う単語を使うんだよね。
ウルシェム:そうなの。事実を否定するときはnatta、「〜するな」って止めさせたいときはlēを使うの。混同したら意味が変わっちゃうから注意が必要よ。
タルフンナ:ラテン語やギリシア語にも同じような2種類の否定辞があるって聞くと、印欧祖語の時代からこの区別があったのかもしれないね。
ウルシェム:まさにそう。この一致は、遠く離れた言語同士が同じ祖先を持つ証拠の一つとして、学者たちに大切にされているのよ。
理解度チェック
Section titled “理解度チェック”📝 理解度チェック
Q1. natta が否定するのはどのような文か。
✅ 正解です!
❌ 不正解です。正解は A「平叙文(事実を述べる文)」。
解説:nattaは平叙文を否定する否定辞である。
Q2. lē が表す意味はどれか。
✅ 正解です!
❌ 不正解です。正解は A「「〜するな」という禁止」。
解説:lēは命令・要求文を否定し、禁止の意味を表す。
Q3. natta がしばしば書かれるアッカドグラムはどれか。
✅ 正解です!
❌ 不正解です。正解は A「UL」。
解説:nattaはアッカド語の否定辞ULという表記で書かれることが多い。
Q4. natta と lē の機能上の違いは何か。
✅ 正解です!
❌ 不正解です。正解は A「nattaは事実の否定、lēは意志・要求に関わる否定である」。
解説:nattaは事実の否定、lēは禁止・要求に関わる否定であり、互いに置き換えられない。
Q5. natta / lē の区別に対応する例として本文が挙げていないのはどれか。
✅ 正解です!
❌ 不正解です。正解は D「古代エジプト語の nn / n」。
解説:本文で挙げられているのはラテン語・古典ギリシア語・サンスクリットの例であり、古代エジプト語の例ではない。