ギルガメシュ叙事詩(アッカド語版)抜粋
標準バビロニア語版とシン・レキ・ウンニンニ
Section titled “標準バビロニア語版とシン・レキ・ウンニンニ”『ギルガメシュ叙事詩』には複数の版があるが、今日最もよく知られているのは全12書板からなる標準バビロニア語版である。この版は、伝承によれば学者・祭司シン・レキ・ウンニンニ(Sîn-lēqi-unninni)が、より古い古バビロニア語版やシュメール語の個別詩編(シュメール語版ギルガメシュ文学を参照)を編集・統合してまとめ上げたとされ、成立年代はおおよそ中期バビロニア時代(前1300〜前1000年頃)と推定される。
現存する写本の多くは、新アッシリア王アッシュルバニパル(前7世紀)がニネヴェに築いた王立図書館から出土したものである。この図書館は1850年代にオースティン・ヘンリー・レヤードやホルムズド・ラッサムらの発掘によって発見され、大量の粘土板が大英博物館に運ばれた。1872年、大英博物館の研究者ジョージ・スミスが、その中の1枚(第11書板の洪水物語)が旧約聖書の洪水伝承と酷似することに気づき、世に大きな衝撃を与えたことでも知られる。
冒頭句「深淵を見た者」
Section titled “冒頭句「深淵を見た者」”標準バビロニア語版は、第1書板の冒頭、次の一句で始まる。古代の写字生たちはしばしば作品の冒頭句をそのまま作品の「題名」として書誌に記録したため、この一句は実質的に古代における叙事詩の呼び名でもあった。
𒊭 𒈾𒀝𒁀 𒄿𒈬𒊒
ša na-aq-ba i-mu-ruシャ ナ・アク・バ イ・ム・ル[関係詞] 深淵-対格 見た(彼が)-従属「深淵を見た者」語ごとの分析
Section titled “語ごとの分析”| 翻字 | 楔形文字 | カタカナ読み | 形態素分析 | 意味 |
|---|---|---|---|---|
| ša | 𒊭 | シャ | 関係詞(性・数・格変化なし) | 〜する者、〜するもの |
| na-aq-ba | 𒈾𒀝𒁀 | ナ・アク・バ | naqb-(名詞語幹「深淵、あらゆること」)+ -a(対格語尾) | 深淵を |
| i-mu-ru | 𒄿𒈬𒊒 | イ・ム・ル | ī-(動詞 amāru「見る」のG語幹過去語幹)+ -mur(語根 √’MR)+ -u(従属節語尾) | (彼が)見た |
- 関係詞
ša:性・数・格による変化を一切持たない不変化の関係詞で、「〜する者」「〜するもの」を意味する。先行詞なしでも「〜する者」という意味の名詞句を作れる点が特徴で、この一句自体が「(深淵を見た)者は」という主語句として機能している。詳しくは関係詞 ša による関係節を参照。 - 従属節語尾
-u:šaに導かれる関係節の中の動詞は、直説法の平叙文とは異なり、語末に-uを付けた形(いわゆる従属法・subjunctive形)を取る。īmuruの語末の-uはこの従属節語尾である。 īmuruの長母音:動詞amāru「見る」は語根の第一子音が声門閉鎖音(アレフ)であるため、G語幹過去形では音の脱落によって長母音īが生じ、īmur(彼は見た)という形になる。ここでは従属節語尾-uが付いてīmuruとなっている。- 対格
naqba:naqbu「深淵、地下水の総体、転じて『あらゆること』」の対格単数形。標準バビロニア語では対格語尾からミメーションが失われているため、古バビロニア語のようなnaqbamではなくnaqbaという形になる。
💬 学びのコラム:作品の題名は「書き出し」だった
シャマシュ:イシュタル、『ギルガメシュ叙事詩』って、古代では「ギルガメシュ」じゃなくて「深淵を見た者」って呼ばれてたって知ってた?
イシュタル:ええ、知ってるわ。古代メソポタミアの書誌目録では、作品の最初の一句をそのまま題名代わりに使う習慣があったのよ。
シャマシュ:現代で言えば、小説のタイトルの代わりに「吾輩は猫である」を書名として使うようなものか。
イシュタル:まさにそう。そしてこの叙事詩が大英博物館の粘土板の山から見つかって、洪水物語が聖書と似ていると気づかれたときの衝撃を想像すると、ちょっとぞくぞくするわね。
理解度チェック
Section titled “理解度チェック”📝 理解度チェック
Q1. 標準バビロニア語版『ギルガメシュ叙事詩』の編集・統合者と伝えられる人物は誰か。
✅ 正解です!
❌ 不正解です。正解は C「シン・レキ・ウンニンニ」。
解説:「伝承によれば学者・祭司シン・レキ・ウンニンニが……編集・統合してまとめ上げたとされ」とある。
Q2. 現存する写本の多くはどこの図書館から出土したものか。
✅ 正解です!
❌ 不正解です。正解は B「ニネヴェのアッシュルバニパル王立図書館」。
解説:「現存する写本の多くは、新アッシリア王アッシュルバニパル……がニネヴェに築いた王立図書館から出土したものである」とある。
Q3. 冒頭句における `ša` の役割として正しいのはどれか。
✅ 正解です!
❌ 不正解です。正解は B「性・数・格変化を持たない不変化の関係詞」。
解説:「関係詞 `ša`:性・数・格による変化を一切持たない不変化の関係詞で」とある。
Q4. `īmuru` の語末 `-u` について本文が説明している内容はどれか。
✅ 正解です!
❌ 不正解です。正解は B「`ša` に導かれる関係節内の動詞に付く従属節語尾」。
解説:「`ša` に導かれる関係節の中の動詞は……語末に `-u` を付けた形……を取る」とある。
Q5. 1872年にジョージ・スミスが気づいたことは何か。
✅ 正解です!
❌ 不正解です。正解は B「第11書板の洪水物語が旧約聖書の洪水伝承と酷似すること」。
解説:「ジョージ・スミスが、その中の1枚(第11書板の洪水物語)が旧約聖書の洪水伝承と酷似することに気づき」とある。