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名詞の格変化とミメーション

アッカド語の名詞は、文中での役割(主語か、所有・従属関係にあるか、目的語か)に応じて語末の母音が変化する「格変化」を持つ。これは印欧語族の格変化と同じ発想の仕組みで、単数では3つの格が区別される。

格 語末母音 主な用法
主格(nominative) -u 文の主語、名詞文の主語
属格(genitive) -i 前置詞の目的語、連結形の後に置かれる所有者
対格(accusative) -a 他動詞の直接目的語

さらに古バビロニア語(およびそれ以前の古アッカド語)では、単数名詞のこれらの格語尾の後ろに、ミメーション(mimation)と呼ばれる語末の -m が付加される。つまり実際に単語の形として現れるのは、-um(主格)、-im(属格)、-am(対格)である。

男性名詞 šarrum「王」(語根 ŠRR「支配する」に由来)を例に、単数の3格すべての形を見てみよう。

格 翻字 楔形文字 カタカナ読み 形態素分析 意味
主格 šarrum 𒊭𒅈𒊒𒌝 シャ・アル・ル・ウム šarr(語根)+ -u(主格)+ -m(ミメーション) 「王が/王は」
属格 šarrim 𒊭𒅈𒊑𒅎 シャ・アル・リ・イム šarr + -i(属格)+ -m(ミメーション) 「王の」
対格 šarram 𒊭𒅈𒊏𒄠 シャ・アル・ラ・アム šarr + -a(対格)+ -m(ミメーション) 「王を」

この表からわかるように、変化するのは常に語根 šarr- の直後の母音(u/i/a)だけであり、ミメーションの -m はどの格にも一律に付加される。ミメーションは格そのものを区別する機能は持たず、あくまで単数(無屈折の名詞・形容詞)に伴う語末標識である。

ミメーションは古バビロニア語期にはまだ規則的に書かれるが、時代が下るにつれて次第に失われていく。

  • 中バビロニア語・中アッシリア語以降の散文では、ミメーションが省略されることが増え、後期の方言(新バビロニア語・新アッシリア語)ではほぼ完全に消失する。
  • ミメーションが失われると同時に、格語尾の母音自体も短縮・弱化する傾向が進み、後代の方言では格変化そのものが徐々に不明瞭になっていく(特に話し言葉に近い散文で顕著)。
  • 一方、詩や祈祷文などの格式ばった文体では、ミメーションが古い時代の名残として長く保持されることがある。

この移り変わりは、連結形(コンストラクト・ステート)がそもそもミメーションと格語尾を落とした形であることとも関連が深い。歴史的には「ミメーションの消失」は、連結形で常に起きていた「語末を落とす」という現象が、やがて名詞全体に一般化していった結果とも説明される。

単数の3格体系に対し、複数形・双数形は異なるパターンを持つ。

数 格 典型的な語尾 例(šarrum「王」) 楔形文字 カタカナ読み
複数(男性) 主格 -ū šarrū「王たちが」 𒊭𒅈𒊒𒌑 シャ・アル・ル・ウ
複数(男性) 属格・対格 -ī šarrī「王たちの/を」 𒊭𒅈𒊑 シャ・アル・リ
複数(女性) 主格 -ātum šarratum「女王」の複数 šarrātum「女王たちが」 𒊭𒅈𒊏𒌈 シャ・アル・ラ・トゥム

複数形の大きな特徴は、(1)男性複数では主格 -ū と属格・対格 -ī の2系列にまで格の区別が単純化されること、(2)複数形にはミメーションが付かないこと、の2点である。女性複数は原則として -āt- という複数標識に格語尾が続く形をとる。

双数形(2つのものを指す形、-ān(主格)/-īn(属格・対格))も存在するが、歴史時代のアッカド語では対をなす身体部位(「両手」「両目」など)や一部の数詞的表現に用法が限られており、単数・複数ほど生産的ではない。

シャマシュ

💬 学びのコラム:ミメーションは名詞の「小さな尻尾」

シャマシュ:イシュタル、šarrum・šarrim・šarram って、結局どこが変わってどこが変わらないか覚えてる?

イシュタル:変わるのは u・i・a の母音だけ。最後の -m は全部の格に同じようについてくる「尻尾」よね。

シャマシュ:そう、それがミメーション。しかも面白いのは、この尻尾は時代が下るとだんだん切り落とされていくところなんだ。

イシュタル:連結形がそもそも尻尾なしで使われるのと同じ発想が、後の時代には名詞全体に広がっていったってことね。

📝 理解度チェック

Q1. 古バビロニア語の名詞単数が持つ3つの格の語末母音の組み合わせとして正しいものはどれか。

✅ 正解です!

❌ 不正解です。正解は B「-u(主格)/-i(属格)/-a(対格)」。

解説:表にある通り、主格は-u、属格は-i、対格は-aという語末母音で区別される。

Q2. ミメーションとは何か。

✅ 正解です!

❌ 不正解です。正解は B「古バビロニア語で単数名詞の格語尾の後に一律に付加される語末の-m」。

解説:本文の通り、ミメーションは格そのものを区別する機能を持たず、単数名詞のどの格語尾の後にも一律に付加される-mである。

Q3. 属格 šarrim「王の」を構成する要素として正しいものはどれか。

✅ 正解です!

❌ 不正解です。正解は B「šarr + -i + -m」。

解説:パラダイム表の通り、属格šarrimは語根šarrに属格語尾-iとミメーション-mが付いた形である。

Q4. ミメーションについて本文が説明している歴史的変化はどれか。

✅ 正解です!

❌ 不正解です。正解は A「時代が下るにつれ、特に散文で次第に省略され後代の方言ではほぼ消失する」。

解説:本文の通り、ミメーションは中バビロニア語・中アッシリア語以降の散文で省略が進み、新バビロニア語・新アッシリア語ではほぼ消失する。

Q5. 男性複数形の格変化について正しい説明はどれか。

✅ 正解です!

❌ 不正解です。正解は B「主格-ūと属格・対格が合流した-īの2系列に単純化され、ミメーションも付かない」。

解説:本文の通り、男性複数は主格-ūと属格・対格をまとめた-īの2系列に単純化され、複数形にはミメーションが付かない。