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定冠詞の接尾辞化

英語の the や日本語の指示詞に相当する「定冠詞」は、古ノルド語では独立した単語としてではなく、名詞の語尾に融合した接尾辞として現れるのが大きな特徴である。これは北ゲルマン語群(現代のアイスランド語・フェロー語・ノルウェー語などにも共通する)に特徴的な現象で、西ゲルマン語群の英語やドイツ語には見られない。

この接尾辞は、もともと独立した指示代名詞「hinn(それ、その)」に由来する。文法性・数・格に応じて hinn(男性)・hin(女性)・hit(中性)という形を持ち、これが名詞の直後に融合する過程で語頭の h が脱落し、-inn, -in, -it という接尾辞になったと考えられている。

男性強変化名詞 maðr(人)に定冠詞を付けた形を見てみよう。

定冠詞なし(単数) 定冠詞付き(単数、「その人」)
主格 maðr maðrinn
対格 mann manninn
属格 manns mannsins
与格 manni manninum

複数形にも同様に接尾辞が付く。

定冠詞なし(複数) 定冠詞付き(複数、「その人々」)
主格 menn mennirnir
対格 menn mennina
属格 manna mannanna
与格 mönnum mönnunum

女性名詞・中性名詞にも文法性に応じた接尾辞(女性 -in, 中性 -it)が付く。たとえば女性名詞 saga(物語)の主格単数に定冠詞が付くと sagan(その物語)となる。

maðrinn sér hestinn
maðr-inn sé-r hest-inn
人-その(主格) 見る-3単 馬-その(対格)
「その人はその馬を見る」

英語であれば “the man sees the horse” のように独立した the を2回使うところを、古ノルド語では名詞に接尾辞を融合させることで同じ意味を表している。

形容詞を伴う場合は前置の hinn を使う

Section titled “形容詞を伴う場合は前置の hinn を使う”

名詞が形容詞で修飾される場合、定冠詞は接尾辞ではなく、独立した前置形の hinn/hin/hit を使うのが標準的な用法である(この場合、形容詞は弱変化を取る。詳しくは形容詞の変化を参照)。

hinn gamli maðr
hinn gaml-i maðr
その 年老いた-弱変化 人
「その年老いた人」
フレイヤ

💬 学びのコラム:「その」が単語の一部になった

フレイヤ:オーディン、*maðrinn* って見た目は1単語だけど、実は「maðr(人)+the」がくっついたものなのよね?

オーディン:その通り。もともと "hinn maðr"(その人)のように別々の単語だったのが、時代を経て名詞にべったりくっついてしまったんだ。

フレイヤ:現代アイスランド語も同じ仕組みを引き継いでいるのよね。北欧の言葉に触れると "-en" や "-et" みたいな語尾をよく見かけるのは、これが理由なんだ。

オーディン:そう、スウェーデン語やノルウェー語にも同じ接尾辞型の定冠詞が受け継がれている。北ゲルマン語群に共通する、なかなかユニークな特徴だよ。