指示代名詞 kā- と apā-
2つの基本的な指示代名詞
Section titled “2つの基本的な指示代名詞”ヒッタイト語には、話し手からの距離(近称・遠称)を区別する指示代名詞が複数存在するが、中心となるのは次の2つである。
- kā-:「これ、この」。話し手に近いもの、直前の文脈で話題になったばかりのものを指す近称の指示代名詞。
- apā-:「それ、あれ、その」。話し手から離れたもの、または既出の文脈を指し示す遠称・照応的な指示代名詞。
これらは名詞と同様に性(共通性・中性)と格に応じて語形変化する。
kā-aš an-tu-uḫ-ša-ašカーシュ・アントゥフシャシュこれ(主格)人(主格)「この人は」
a-pa-a-aš LUGAL-ušアパーアシュ・ルガルウシュそれ(主格)王(主格)「あの王は」(既出の王を指す)apā- が果たすもう一つの役割:3人称代名詞の代用
Section titled “apā- が果たすもう一つの役割:3人称代名詞の代用”ヒッタイト語の大きな特徴の一つは、英語の he/she/it やラテン語の is/ea/id に相当する独立した3人称人称代名詞を持たないことである。その代わりに、遠称・照応の指示代名詞 apā- が、文脈上「彼、彼女、それ」を指す3人称代名詞としての役割を兼ねている。
a-pa-a-aš pa-itアパーアシュ・パイトそれ/彼(主格)行く-3単過「彼(その人)は行った」上の例のように、apā- は「その(既出の)人・物」という指示代名詞本来の意味と、「彼・彼女・それ」という3人称代名詞的な用法との間で、文脈に応じて連続的に機能する。この二重の役割は、指示代名詞が人称代名詞へと文法化していく、言語変化の一般的な傾向の一例としても興味深い。
接語代名詞との違い
Section titled “接語代名詞との違い”接語代名詞連鎖で扱った -mu「私に」、-at「それを」などの接語代名詞は、それ自体で独立して文頭に立つことができない。これに対し、kā- と apā- は独立した語として文中の任意の位置に置くことができ、強調したい場合や、接語だけでは指示対象が曖昧になる場合に用いられる。
💬 学びのコラム:「彼」という言葉がなかった?
ウルシェム:タルフンナ、わたしたちの言葉には英語のheやsheみたいな専用の3人称代名詞がないって知ってた?
タルフンナ:え、じゃあ「彼」って言いたいときはどうするの?
ウルシェム:apā-「それ、あの」を代わりに使うのよ。もともとは「あの(既に話に出た)人」って意味だったのが、だんだん「彼・彼女」として定着していったの。
タルフンナ:面白いね。「あの人」って呼び方が、いつの間にか「彼」そのものになっちゃうなんて、なんだか日本語でも似たようなことがありそうだ。
理解度チェック
Section titled “理解度チェック”📝 理解度チェック
Q1. kā- が表す意味はどれか。
✅ 正解です!
❌ 不正解です。正解は A「話し手に近いものを指す「これ、この」」。
解説:kā-は話し手に近いものを指す近称の指示代名詞である。
Q2. ヒッタイト語が持たないとされる文法要素は何か。
✅ 正解です!
❌ 不正解です。正解は A「独立した3人称人称代名詞」。
解説:ヒッタイト語は英語のhe/she/itに相当する独立した3人称人称代名詞を持たない。
Q3. apā- が3人称代名詞の役割を兼ねる際、本来の意味はどのようなものだったか。
✅ 正解です!
❌ 不正解です。正解は A「遠称・照応の指示代名詞「それ、あれ、既出のもの」」。
解説:apā-はもともと遠称・照応の指示代名詞であり、それが3人称代名詞的な用法にも拡張された。
Q4. kā-・apā-が接語代名詞(-mu, -atなど)と異なる点は何か。
✅ 正解です!
❌ 不正解です。正解は A「独立した語として文中の任意の位置に置くことができる」。
解説:kā-・apā-は接語とは異なり、独立した語として自由に文中に置くことができる。
Q5. 指示代名詞が人称代名詞的な用法を獲得する現象は何の一例とされるか。
✅ 正解です!
❌ 不正解です。正解は A「言語変化における文法化の一般的な傾向」。
解説:指示代名詞が人称代名詞へと文法化していく現象は、言語変化に広く見られる一般的な傾向の一例とされる。